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名古屋地方裁判所 昭和40年(手ワ)359号 判決

原告 株式会社 日証

被告 西浦漁業協同組合

被告 有限会社 日信産業

主文

被告有限会社日信産業は原告に対し、金一五四万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年五月一九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

被告西浦漁業協同組合は原告に対し、金一三一万二〇一四円及びこれに対する昭和四〇年五月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告西浦漁業協同組合に対するその余の請求を棄却する

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分につき仮に執行することができる。

事実

一  当事者の申立

一、原告の申立

第一次的請求として、「被告等は原告に対し、合同して金一五四万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年五月一九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

第二次的請求として、「被告西浦漁業協同組合は原告に対し、金一五四万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年五月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は同被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告西浦漁業協同組合の申立

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

二  原告の請求原因

一、第一次的請求の原因

(一)  被告組合は、被告会社に宛て、金額一五四万五〇〇〇円満期昭和四〇年五月一九日、支払地及び振出地とも静岡県沼津市、支払場所株式会社静岡銀行沼津駅前出張所、振出日昭和四〇年一月二〇日なる約束手形一通を振出交付した。もっとも、右手形は、事実上は昭和三九年一一月以前に振出されたものである。

(二)  右手形の裏書欄には、受取人被告会社から訴外渡辺物産株式会社宛の、同訴外会社から原告宛の各裏書記載があり被告会社は拒絶証書作成義務を免除している。

(三)  原告は、右手形を満期日に支払場所に呈示して支払を求めたが、支払を拒絶され現に同手形を所持している。

(四)  そこで、原告は被告等に対し、合同して右手形金一五四万五〇〇〇円及びこれに対する満期日から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める。

二、第二次的請求の原因

(一)  仮に本件手形が訴外杉山茂の偽造に係るものであるとしても、右は被告組合の被用者である同訴外人が、その事業の執行につきなしたものであるから、被告組合は同訴外人の例用者として、民法第七一五条により、原告が本件手形を真正に振出されたものであると信じて訴外渡辺物産株式会社(以下訴外会社をいう)に割引いたことにより被った損害を賠償する義務がある。即ち、

(1)  被告組合は真珠養殖販売、組合員の生活事業等に必要な物質の購入、販売、及び組合員に対する授与信業務を主たる業務とするものであるから、手形行為は、右事業の遂行に必要な行為として、被告組合の事業執行と密接不可分の関係にある。

(2)  ところで訴外杉山は、被告組合の常勤上席事務主任として、対外的交渉並びにこれに関連する手形の授受及び被告組合の振出す手形の準備行為等、被告組合の手形事務に関連する職務に従事していたものである。従って本件手形の振出行為が、同訴外人の本来の職務を逸脱しその地位を利用してなされたものであって、職務行為そのものには属さないものとしても、これを外観から見れば同訴外人の職務執行の範囲内の行為と見られるので、本件手形の振出行為は、同訴外人が被告組合の事業の執行につきなしたものである。そして、同訴外人が何人の利益を計ったかというが如き主観的事情は例用者責任の成否を左右するものではないから、被告組合と被告会社との取引関係の有無の如きは、被告組合の責任に関係のないことである。

(3)  ところで、原告が本件手形の割引金として訴外会社に交付した金員は一三一万二〇一四円であるが、原告は金融業者であるから、もし本件手形を割引かなければ、右割引金を他に使用することにより、本件手形の満期日である昭和四〇年五月一九日までには本件手形金と同額にまで利殖できたことは明らかなので、本件手形金と割引金額との差額も、原告において通常生ずべき損害として被告組合に対し賠償を求め得るものと言うべきである。

二、そこで、原告は被告組合に対し、金一五四万五〇〇〇円及びこれに対する該損害発生日の翌日である昭和四〇年五月二〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告等の答弁

一、被告組合の答弁

(一)  第一次請求の原因事実中、本件手形の支払が拒絶されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  第二次的請求の原因事実中、(一)の(1)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  本件手形はもと被告組合の事務員であった訴外杉山茂が被告組合の手形を振出す権限がないにも拘らず、手形用紙に被告組合名及び組合長理事真野善吉名のゴム印をそれぞれ押捺し、組合長名下に組合長の印鑑を盗捺して偽造し、被告会社に交付したものであるから、被告組合には本件手形金の支払義務はない。

(四)  又、被告組合は被告会社とは昭和三九年以降全く取引がなく、且つ、訴外杉山は被告組合の手形を振出す権限を有していなかったのであるから、同訴外人の本件手形の偽造行為はその事業の執行につきなされたものではないので、この点に関する原告の本訴請求も失当である。

二、被告会社の答弁

被告会社は、適式な呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ、答弁書その他の準備書面も提出しなかった。

四  証拠〈省略〉

理由

第一原告の被告組合に対する請求について

一、先ず、第一次的請求について判断する。

いずれも成立に争いのない甲第五、第六号証、乙第一ない第三号証と、被告組合代表者真野善吉の尋問の結果によれば、本件手形(甲第一号証)は、被告組合事務員杉山茂が被告会社が被告組合から借用していた金員の返済に便宜を与えるための融通手形として、被告組合代表者印を盗捺して作成偽造したものであり、被告組合代表者の意思に基づいて振出されたものではないことが認められ、右認定を覆えすべき証拠はない。従って、振出名義人である被告組合に対する本件手形金の請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

二、そこで、第二次的請求について判断する。

(一)  先ず、被告組合は原告主張の如き業務を主たる目的とするもので、手形行為が右事業の遂行に必要な行為として、被告組合の事業執行と密接不可分な関係にあることは、当事者間に争いがない。そして、前掲甲第五、第六号証及び乙第一ないし第三号証によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右する証拠はない。

(1) 訴外杉山は、被告組合の事務主任として、組合長の下に被告組合の購買、販売、庶務及び経理等の事務全般を担当し、組合の振出手形についてもその作成準備業務を担当していた。

(2) 即ち、被告組合の手形振出権限は組合長にあり、同訴外人にはなかったが、被告組合が手形を振出す手順としては、同訴外人が、組合の事務室に常備してある手形用紙に、金額及び満期等の要件を記入し、振出人欄に日頃事務処理上任意に使用し得る被告組合及び組合長理事真野善吉のゴム印を押捺して組合長の手許に差出し、組合長が自らその名下に組合長印(角印)を押捺して同訴外に交付し、同訴外人はこれを名宛人に交付していた。もっとも、組合長が留守の時などは、同訴外人において組合長の保管に係る右組合長印を押捺することもあったが、事前又は事後に組合長の承認を得ていたものである。

(3) しかして、被告組合はその取引先である被告会社に金員を貸付けていたが、訴外杉山は、被告会社から手形を振出してもらって昭和三七年四月返済されたものとして帳簿上処理したところ、右手形が不渡となり、貸金は実際には未済として残ったままとなった。そこで、訴外杉山は、これが被告組合に知れないうちに解決しようとして、被告会社に対しその返済を迫っていたものであるが被告会社が訴外杉山に対し、被告組合の融通手形を出してもらえば、これを他で割引いて被告組合へ入金し、手形の満期には被告会社においてこれを落す旨要請したので、訴外杉山は自己の独断でこれを承諾し、前認定の如く組合長印を盗捺して本件手形を作成偽造し、これを被告会社に交付したものである。

(二)  ところで、右認定事実によれば、訴外杉山の本件手形の偽造行為が、その職務執行行為そのものには該当しないことは明らかであるが、民法第七一五条にいう「事業の執行に付き」とは、被用者の職務執行行為そのものには該当しないが、その行為の外形から客観的に観察して、あたかも被用者の職務執行の範囲内に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきであるから(最高裁判所昭和三六年六月九日判決参照)、本件手形の偽造行為は、外形上訴外杉山の職務の範囲内に属していると認め得べく、従って又被告組合の事業の執行につきなされたものと言わねばならない。

(三)  そこで次に、損害の発生の点について考える。

(1) 証人林茂の証言及びこれによって成立を認める甲第三号証によれば、本件手形は被告会社から訴外会社に裏書譲渡され、訴外会社は、本件手形を真正なものとして原告に割引いてもらい、原告から金一三一万二〇一四円の交付を受けたことを認めることができ、右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、本件手形が偽造であったことにより被告組合に対する手形債権を取得することができず、結局右割引金相当の損害を被ったものと認めるのが相当である。そして原告の右損害は、訴外杉山が、被告会社が本件手形を流通に置くことを認識しながら偽造したことに因って発生したものであるから、訴外杉山の本件手形の偽造行為と原告の被った右損害との間には相当因果関係がある。従って、被告組合は、被用者である訴外杉山が被告組合の事業の執行につき原告に加えた右損害を賠償する義務がある。

(2) 次に、原告は、本件手形金額と右割引金額との差額金二三万二九八六円も本件損害であるとして請求するので、これについて検討するに、証人林茂の証言によれば、原告は手形割引を主体とする金融業者であることが認められるが、原告主張の趣旨が右割引金を他に貸付ける等の形で利用すれば、本件手形の満期までには右差額金相当の利殖をあげ得たはずであるから、結局該金額の損害を被ったというのであれば、右割引金額を元金とした場合の特別の利殖率についてはなんらの立証もないので、原告等主張のように右差額金をもって直ちに通常損害と認めることはできない。又、原告主張の趣旨が、本件手形が真正な手形であれば、その満期に当然本件手形金相当額の金員を入手し得たはずであるから、結局右差額金相当の損害を被ったというのであれば、本件手形はもともと偽造手形であって、被告組合に対し手形としてなんらの効力もなく。ただ偽造行為(不法行為)に対する使用者責任のみを追求し得るものであるところ、これに因る損害賠償義務は原告が本件手形を割引いた時にすでに発生しており、以後は本件手形と関係なく存続しているものであるから、右損害賠償義務(割引金及びこれに対する割引以後の法定利率による遅延損害金の賠償義務)とは別に、もはや被告組合に対し本件手形による責任を求めることはできない。

従って、原告主張の右差額金は、これを本件手形の偽造行為による損害と認めることはできない。

(四)  以上の理由により、原告の被告組合に対する第一次的請求は失当として棄却し、原告の被告組合に対する第二次的請求は、前記割引金相当の損害金一三一万二〇一四円及びこれに対する該損害の発生後である昭和四〇年五月二〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却する。

第二原告の被告会社に対する請求について

被告会社は、原告の請求原因事実を自白したものとみなすべきである。そして、該事実によれば、原告の被告会社に対する本訴請求は理由があるからこれを認容する。〈以下省略〉

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